とくしま消費者交流ひろば
とくしまの食
くらしに役立つコラム
消費者交流イベント
消費者トラブル
もったいないっ!から始めよう
生活+α
キッズ
消費生活相談窓口
リンク
くらしの情報大募集!
メールマガジンの登録はこちら
携帯サイト

クリックでURL表示
お問い合せ
Tのためいき
 生活者の視点で、わかりやすい情報を基本とし、法律や経済、くらしの様々な有益な情報をコラムとして、学識経験者や専門的な分野で活躍する方々に寄稿していただいたものを掲載しています。

バックナンバー
いんでくるけんな       2019/ 8 Vol.103
        〜行ってきます・行って、来る〜

 Salala(2019.7.4)という出版物がある。ここに紹介されている阿波弁に「(いんでくる)親類の人が帰る時に、『ほな、いんでくるけんな』と言ったら、娘婿が『えー、おじさん、また来るんですか?』と。家族で大笑いしました」と言う話が掲載されている。言葉の通り、おじさんは、また来るのである。

 『いんでくるけんな』『いんでくる』に対して『いぬけんな』と言うこともある。その昔は区別したのであろうと思われる。「いんで(帰って)」「また来る」ことを、『いんでくる』あるいは『いんでくるけんな』と言ったに違いない。そして、近しくない人の家から帰る時は『いぬけんな』とちょっと距離を置いた表現であったと思われるからである。

 ぐっと話は変わるが、子どもたちが学校に行く、パートナーが職場や出張に行く、この時には、多くの人が「行ってきます」と言うと思われる。これは「行く」そして、「帰る」の二つのことを合わせて表現していると推測される。「行きます」なんて別れに言われると軽い驚きを感じる。古い人は特攻映画を思いだすからである。

 最近は知らないが、私の若いころは戦争映画には特攻隊が良く扱われた。隊員は出撃の直前には帰宅が許される。両親にも出撃のことは言わないし、言えない。翌日にいよいよ隊に帰る時になる。両親や祖父母、兄弟が見送るシーンのときである。ここでは「行きます」と言うのだ。「行ってきます」とは、言わないのである。「行って」「帰る(来る)」ことはないからである。死を覚悟の別れの言葉であった。

 特攻で思い出す、やがて8月15日の終戦の日を迎える。多くの人が「行きます」で帰らなかった。そんな松茂の戦没者の招魂社が長原に建っている。その東側に自転車道がある。自転車道の西側に30センチほどの高さの石碑があるのに気が付く。昭和20年8月10日戦死した米空軍ポートシコルスキーの戦没塚(写真)である。この人も「行きます」だったのである。

(写真は、松茂町のポートシコルスキーの戦没塚)
         徳島広域消費者協会 顧問 三原茂雄


バックナンバーはこちらから
くらしのコラム
データでとくしまを知ろう!数字でカフェ
マネーに興味津々

特定非営利活動法人徳島県消費者協会
〒770-0851 徳島市徳島町城内2番地1 とくぎんトモニプラザ(徳島県青少年センター)5階