くらしに役立つコラム
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鳴門市大毛島の花見山             2017/ 4 Vol.75 
     〜心の手紙館〜

 JR鳴門駅を過ぎて小鳴門橋を渡り、小さなトンネルを抜けると長い美しい海岸線が開ける。どんどん進むと心の手紙館の案内板を左手に見ることができる。その脇道に入り、かなり急坂な道を登り詰めると駐車場があり、そこからほんの少し歩くと、いわゆる手紙館に着くのである。

 少し大げさな表現をすれば、春の土曜日や日曜日は、小鳴門橋を渡って海岸線に行き着いたところ辺りから車が渋滞する。一つは、春の鳴門の渦潮に向けての車、他方は心の手紙館の花見の行楽客である。どちらも駐車場は満車になるのである。長い車の列の先が、渦の客か手紙館なのかが分からないのでイライラするのだ。

 心の手紙館は、周囲がしだれ桜で囲まれ、その桜の間から鳴門の海が見え、左の方には大鳴門橋も眺めることができる。ゆったりとした佇まいの中に入ると手紙館の事務室やくつろげる空間がある。未来の自分や誰かにあてた手紙を申し込めば受け付けてくれるのである。部屋の空間は落ち着けるし、屋外から見渡せる鳴門の海は絶景だ。

 この場所が、徳島が生んだ「薬学の父」と呼ばれる長井長義の別邸だったと小耳に挟んだので興味が湧いてHPを開いた。手紙の館は、概ね次のように記している。

 洋館を建てたのは、長井亜歴山(アレキサンダー/1877〜1966)。徳島市出身の「日本の薬学の父」と呼ばれる長井長義と、ドイツ人の母、テレーゼの長男、帝大を卒業後は6ケ国語に精通した外交官として活躍。第二次世界大戦でベルリン陥落後に米軍によりワシントンに連行。終戦後は弁護士として手腕を発揮。絵画などの文化交流を含め、日本とドイツのかけ橋としても活躍。晩年、父の生まれ故郷徳島のここに屋敷を構えた。建物の石材は母の故郷、ドイツのものを取り寄せた。(追記、亜歴山の妻の多計代は勝海舟の孫)。縁あって眉山大滝山の八坂神社の所有となり、多くの花木を植え「花見山」とした。

 人物像を思い浮かべるのもよいが、ただに景色や桜を愛でるだけでも素晴らしいので足を運んで一時の安らぎを得るのもよい。
(写真は、2016年の花見山のしだれ桜、そこからの大鳴門橋の眺め)
         徳島広域消費者協会 顧問 三原茂雄  


とくしま消費者交流ひろば