記事検索

Vol.109.尾籠な話を書ける実力

公開日 2020年02月

~男の小用のエッセイ~

 記憶は曖昧だが、五木寛之氏のエッセイが徳島新聞に掲載された。こんな文章が新聞に載るのかと思った。簡単に言えば、男は立って小用を足していたが、洋式トイレの普及で座ってするようになった。尾籠(びろう)な話であり少なくとも新聞では、病気や病院などの類の紙面以外でみかけなかった。

 新聞よりは猥雑な紙面を許容しても、ちょっと上品な週刊誌に内館牧子氏が書いている。後期高齢者なら記憶にあるだろうが、赤い小さな鳥居さんを置いて「小便するな」と立札があった。鳥居に小便をかけては罰が当たるとの発想である。そのような話の後に男の人が洋式トイレで座って小用を足していると言う話である。

 このようなエッセイは面白く楽しく、小さな会話形式にすれば、つい笑いに引き込まれる。とは言いながら、肩の凝らない身近な事柄を書くのは誰にでもできるのではない。おそらく多くの方が、そのレベルの内容のエッセイを書く実力を持っているのだが、素人さんには書けないのである。誰にでも書けないから、また、楽しく愉快である。
 
 付け加えれば、国民栄誉賞の候補と言われたプロ野球選手が辞退の理由に挙げたのが、「(野外で)立小便もできない」であった。言い換えれば、賞である限り品格・人間性共に良好であり国民の見本になるのは負担であると言ったのである。公的なところから賞を受けると生涯にわたり、賞の重圧から逃れられない。真面目な人である。

 話をもとに戻せば、書き手の方が、若いころの苦労話を時折書いている。若いときに書けなかったことだと断って書いてもいる。素人がそんな尾籠なことを書くな、続けて、名前が売れてから書くものだ、と諭されている。くだけた文章が書けることは大物である、あるいは、私が知らなくてもその方面では、やはり名前の売れた人なのである。

 素人さんはどうしても書くことが非日常的なことで肩ひじを張る。張らねば書けない。くだけた、あるいは、ばかげた話など書けないのである。まして依頼者からは品位のこともあり尾籠な話は思いもよらない。小用を立って行えば飛散するから・・云々は有名人が書いても上品な話ではないが、面白い。
(写真は、北島町)

徳島広域消費者協会 顧問 三原茂雄